6年の歳月が流れた。
仮出所を認められた理森は、保護司の待つ下関へ向かう途中、身辺整理のため清澄の地に足を踏み入れた。
真っ先に向かったのは、敬文と、そして憲史が眠る墓だった。
町の人々は理森を暖かく出迎えてくれた。
理森はひとりになると、かつて詩織と流れ星を共に見た場所・乙女が原に向かった。
そこに大人びた少女が近づいてきた。
15歳になった詩織(山田麻衣子)だった。
昔の面影を色濃く残す顔立ち、だがその黒く沈んだ瞳はこの6年間の詩織の苦しみを物語っていた。
詩織はあの事件以来東京の全寮制の学校へと進んだが、理森の出所を知り会いに来たのだった。
母の死の真相を追求するため。
理森は何を聞かれても、「裁判の結審通りだ」と繰り返すばかりだったが、詩織は信じようとしなかった。
かほりの命日。
二人は綿貫家の墓の前で再び顔を合わせた。
かほりは綿貫家の立派な墓の隅にある寂しい小さな石の下に人目を避けるように埋められていた。
「ママを心安らぐところに連れていってあげたい」
詩織はそう心に堅く誓っていた。
その帰り、一緒に夜空を見上げていた二人は、流れ星を目にする。
理森は聞いた。
「何か願い事した?」
詩織は無表情に答えた。
「何も」
理森はかつて二人で流れ星を見たときの詩織の台詞を思い出して言った。
「何も願い事がないのは、幸せだからって、君がそう教えてくれた」
「それは違う。」
詩織は理森から目をそらした。
「何も願い事がないのは、死んでるってことよ!」
理森は詩織の強い口調に、たじろいだ。
「教えて上げようか、どんな6年だったのか。
カレンダーを色で塗り潰した。
楽しかった日は赤、まあまあ楽しかった日は黄色、詰まらなくて寂しくてしょうがなかった日は青って決めて寝る前に色を塗るの。
ママとあんたが居なくなって1年目、最初は青ばかりだったけど、その内少し黄色が混じるようになった。
どんなに悲しいことも、時間が経つと少しずつ忘れていくの。」
詩織が背を向けながら絞り出す言葉を、理森はじっと聞くしかなかった。
「でも、2年経って、3年経って、黄色はやっぱり少なくなって、5年目のカレンダーは真っ青だった。誕生日も、クリスマスも、お正月も、真っ青だった。6年目になったら、もう色を塗ることもしなくなった。願い事がなくて、カレンダーが真っ青なのは、死んでるって言うことよ、違う!?」
詩織は厳しい目で理森に向き直った。
「教えてよ、あのとき、ママと一緒に死ななかったこと後悔した?」
「後悔してないよ。今も、していない。」
「じゃあ、生きてて、何かいいことあった?」
「いいことがなくても、寂しくてしょうがなくても、生きなきゃいけないと思った」
「何のために。何のために生きるのよ。教えてよ!何のためにあんたは
生きているの!?何のためにここに帰って来たの!!」
「君に会いたかったから!」
理森は伏せていた目をしっかりと詩織の方へ向けて言った。
「君がどうしているか、君が苦しんでいないか。…だけど会ってみたら、何も出来なかった。
俺には君を助ける力はない。傍に居てやることさえ出来ない。」
詩織には判った。
理森に母を殺すことなど出来たはずはない。
だがそれは、広務が嘘の証言で理森を罪人に仕立て上げたのだということ、そして自分は結局母に見捨てられたのだという信じがたい2つの事実を受け入れることでもあった。
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