出張から帰り、かほりと詩織の失踪を知った広務は血相を変えて清澄駅にやって来た。
ことの顛末を目撃した駅員達の証言から、かほりの相手が理森だったことを知り、屈辱と怒りでいきり立った。
厄介払いできて良かったと冷たく言い放つ純一郎には何一つ言い返せない広務だったが、それとは裏腹に復讐の炎を激しく燃え上がらせていた。
理森たちは、幸せに暮らせる場所を探していた。
これが人の道に外れたことだとは判っていても、三人で暮らせる喜びを抑え込むことはできなかった。
敬文の死後、父と自分を捨て男と逃げた母・すみ子が経営する小岩井の牧場が最初の場所だった。
逃亡の果てに辿り着いた地ではあったが、母の優しさに触れて長年の確執も解け、理森はようやく兄の死の呪縛から解き放たれた。
次に辿り着いたのは八戸。
ここで三人はアパートを決め、理森・かほりは仕事にも就いた。
新しい生活が始まったかに見えたが、詩織が学校に通えないことで理森とかほりが口論、そのことに心を痛めた詩織が広務に助けを乞うたことで居場所が発覚してしまう。
ぎりぎりのところで難を逃れた三人は、一路北海道へと向かった。
昔かほりが家族旅行をしたという湖の旅館で、理森とかほりは管理人の仕事を任され、オーナーの取り計らいで詩織は学校にも通えるようになった。
ようやく見つけた安住の地。
だが、理森は既に覚悟を決めていた。
もう逃げない、と。
ほどなく広務はこの湖も探り当て、とうとう理森と対峙することとなった。
許しを乞う理森に、殺してでもかほりを連れて帰ると凄む広務。
二人が殴り合う姿を見て、かほりは一人断崖絶壁へと向かった。
その後ろ姿をいち早く見つけた理森は、かほりを引き寄せ、言った。
「大丈夫だよ、俺、必ず守るから」
かほりは理森の背中に手を回し、その温かさに身を委ねたが、理森の背後に斧を持った鬼の形相の広務が近づくのを見ると、その手を離した。
「…有り難う」
かほりはそう言うと、理森に背を向け、そのまま海に身を投げた。
理森と広務は、そのまま警察へ身柄を拘束された。
「あの男が、妻を殺したんです」
「奥さんを突き落とすのを、見たんですね」
そう問う刑事に、広務は同じ言葉を繰り返した。
「あの男が、殺したんです」
取調室では、理森が尋問を受けていた。
「旦那はあんたが奥さんを突き落とすのを見た、って言ってるんだ!」
理森は頭を抱え込み、力無く呟いた。
「俺がかほりを殺したんです」
「それは、自白ととっていいんだな」
理森も同じ言葉を繰り返した。
「俺がかほりを殺したんです」
体調の悪い憲史に代わって、美紀子が理森の面会に訪れた。
「弁護士断ったんだって?かほりさんへの殺人罪と広務さんへの殺人未遂罪で起訴されてるのよ。かほりさん、本当は自殺だったんじゃないの?どうして、やってもいない罪を受け入れるの!?」
理森はようやく口を開いた。
「俺、後悔してるんだ。かほり、好きになったこと。俺がかほりを好きにならなければかほりは死ななくて済んだ。俺が連れて逃げなければ、かほりの人生はもっと先まで続いていたんだ」
「かほりさんだって、理森と居たい、ってそう願ったから…!」
「美紀子…聞きたいことがあるんだけど」
理森は苦渋の声を振り絞った。
「詩織は、どうしてる?」
「詩織ちゃんは綿貫の家に戻った。お葬式ではかほりさんの遺影を抱いて、最後まで涙ひとつ見せなかった」
美紀子の言葉に、理森は目を潤ませながらひとつずつ頷いていった。
理森は、懲役8年を言い渡され、重い塀の中へと姿を消した。
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